「心」をテーマにショパンの華やかながらも哀愁漂う名曲を採り上げておりますショパン・フェスティバル。今宵は各地の国際コンクールで賞に輝く若手ピアニスト大崎結真さんにご登場いただきました。プログラムはテーマの「心」に合わせて、ショパンの作品の中でもマズルカやノクターンといった、特に繊細な表現が求められる楽曲が選ばれました。
大崎さんの演奏の魅力は、安定した技術はもちろんですが、音が立ち上がってから消えゆくまで全てに美しく色がついているところです。ピアノの演奏では、大きな音を迫力満点に鳴らすこと以上に、小さな音1つ1つに存在感を持たせることが難しいのですが、大崎さんはそれをさらりとこなしてしまいます。冒頭の<3つのエコセーズ>では、軽やかながらも鮮やかな音色で、さっそく会場の空気を掴んでいらっしゃいました。続いては、ショパンが多数書いた<マズルカ>の中から、各々雰囲気の違う5曲を演奏され、ピアノという楽器のあらゆる表情を見せてくださいました。そして前半特に会場が静まりかえったのは、3曲演奏されました<夜想曲>でしょうか。このプログラムでは特に大崎さんの持つ「小さくも存在感のある音」が活きたように思います。静かな中に生命感や情熱を感じる音色に、お客様は皆息を呑んでいらっしゃいました。そして前半最後は弾けるような明るさと少しメランコリックな響きが入り混じる<マズルカ風ロンド>。トリルや装飾の多い旋律を、大崎さんは真珠が転がるように美しく演奏し、会場からはブラボーの声が挙がりました。
後半は同じくショパンでもやや雰囲気を変え、<エチュード>作品10の全曲演奏となりました。<エチュード>のようなエネルギーを要する作品であっても、大崎さんは決して力任せにピアノを鳴らしたりはしません。滑らかに転がるような音をペダルで巧みに操るその技術と、楽曲の最後で音が消えゆく瞬間までも丁寧に仕上げた音楽創りに、お客様は一生懸命耳を傾けていらっしゃいました。特に作品10-2の糸を織ってゆくような繊細な音運びと、作品10-10の多彩かつ鮮やかな音色は大変すばらしいものでした。アンコールでは、ショパンの哀愁漂う音楽が存分に味わえるイ短調のマズルカが演奏され、最後まで大崎さんのショパンに対する熱意が伝わってくるようなプログラムでした。ショパンの名曲の数々に触れた、素敵な夜のひと時でした。
(A. T.)