本日は、ピアニストとしてだけではなく文筆家としてもご活躍中の青柳いづみこ先生が、ソプラノ歌手の森朱美さん、ピアニストの江崎昌子さんとともにレクチャーコンサートを開催されました。ショパンといいますと、圧倒的にピアノ作品のイメージが強く、実際ショパン自身もピアノのために多くの創作時間を費やしたのですが、その土台には当時のオペラ文化が根強く在りました。ショパンは主にパリでピアニストとしての活動をしていましたが、その隣の国、イタリアでは現在ベルカントと呼ばれる類のオペラが花を咲かせていました。ロッシーニやベッリーニ、ドニゼッティによって書かれた美しい旋律は、歌手によって美しい装飾を施され、オペラの世界を一挙に華やかなものとしていたのです。ピアノが奏でる音も、歌にならなければならないと考えていたショパンは、これらイタリアの華々しいオペラから多くのピアノ曲のヒントを得ていました。
オペラの声の技法から手がかりを得た、と考えられるショパンの作品には、例えば細やかな装飾に彩られたノクターン等が挙げられます。このような作品を演奏するには、@決して均一で機械的な音の並びにならないよう、発声の流れを意識することと、A即興らしさを失わないことが重要であると、青柳先生は仰っていました。今日のプログラムの中で最も興味深い試みの1つに、ショパンの有名な変ホ長調のノクターンを、ピアノ伴奏とヴォカリーズで演奏するというものがあったのですが、それを聴くと確かにオペラのコロラトゥーラ歌手の即興的な装飾や呼吸が、ショパンのピアノ曲に大変合っていることがわかりました。
コンサートではロッシーニ作曲《セビリャの理髪師》をはじめとする代表的なベルカント・オペラのアリアが披露された後に、オペラの影響が強く出ていると考えられるショパンの作品の数々が演奏されました。もちろんその中にはショパンが意識的にオペラのレパートリーから題材を得たものと、そうとも言えないものがあるのですが、いずれにしても、ショパンの作品にはピアノ演奏に限定されないヨーロッパの音楽文化が脈々と流れていたのだなということが伺えました。ソプラノの森朱美さんは大変艶やかな声で、またピアノの江崎昌子さんは立体感のある堅実な演奏で、会場を惹きこんでいらっしゃいました。青柳先生のピアノ伴奏も軽やかで美しく、ベルカント・オペラの雰囲気に大変よく合っていました。
そして今日はレクチャー形式のコンサートなのでアンコールはなしと思いきや、今日は青柳先生のお誕生日(!)ということで、ソリストのお二方からお誕生日の歌とケーキのサプライズがありました。素晴らしい演奏やプログラムはもちろんのこと、出演された皆様の和やかな空気も楽しめた、盛りだくさんなコンサートでした。
(A.T.)