才能のほとんどをピアノ独奏曲の創作に捧げたショパンは、演奏者のピアニズムをもっとも明らかにさせる作曲家の一人と言えるでしょう。矢島さんの演奏会は、前半にショパンの作品、後半にはショパンの影響を受けた近代の作曲家スクリャービンの作品で構成されており、このプログラムに一体どのようなピアニストの演奏術が繰り広げられるのか、開演を今か今かと待ち受ける観客の熱気の中、静かに始まりました。
まずはショパンの《前奏曲
嬰ハ短調 op.45》と《前奏曲 変イ長調
遺作》が演奏されました。矢島さんの音色は、大海原のような寛容さと、水しぶきをたてないように丁寧に音を一つずつ落としていくような繊細さの両方を実現していました。続いて、《ポロネーズ
嬰へ短調op.44》、《子守唄 変ニ長調
op.57》、そして《幻想曲 ヘ短調
op.49》へと、激情的な音から、静かで人間味のある音、さらに夢の中を浮遊するような音へと変化していく演奏者のヴァリエーションの奥深さに圧倒されました。《幻想曲
ヘ短調
op.49》の終盤で無数の音が突如右手による単旋律のみに減少するところでは、あたかも数々のスポットライトが急に一音に集中するような緊張を会場にもたらし、聴衆を惹き付けました。
スクリャービンによる《24の前奏曲
op.11》では、全ての調性それぞれのキャラクターを、矢島さんは自然にそして巧みに弾き分けていました。「ショパン・フェスティバル2018
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表参道」のテーマは「前奏曲(プレリュード)」ですが、矢野さんの演奏は、ショパンの前奏曲では音楽性に、スクリャービンの前奏曲では技術の卓越性に重きを置いているように思われ、二人の作曲家の間に時を超えた進化はもちろんのこと、作曲理念の深化についても表現されているように聴き取れました。しかし技巧に頼るばかりではなく、観客の琴線に触れる音を奏でることも忘れない矢島さんのスクリャービンの演奏は、ショパンに対する尊敬の念を再認識させました。
(M.S.)
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ピアノリサイタル