10周年を迎えた「ショパン・フェスティバル
in
表参道」、2日目のイブニングコンサートは、宮下朋樹さんの登場です。
宮下さんといえば、まずベートーヴェン。ピアノ・ソナタの全曲演奏をはじめ、武田幸治さん・礒絵里子さんとのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏、今継続中の、海野幹雄さんとのチェロ・ソナタと変奏曲の全曲演奏のシリーズと、長年にわたり真摯にベートーヴェンと向き合ってこられました。その宮下さんが、今宵はどんなショパンを聴かせてくださるのか、とても楽しみです。
今年のフェスティバルは日本とポーランドの国交樹立100周年を記念して、ショパンの作品とともに、ポーランドと日本、両国の作曲家の小品を取り上げることをテーマとしていますが、当夜の選曲も、ポーランド出身の作曲家タンスマン(1897〜1986年)による、日本情緒を巧みに表現した珍しい作品など、かなり印象深いプログラムとなっていました。
冒頭に演奏したのがそのタンスマンで、「マズルカ集第1巻」から。程良い不協和音の響きが心地良い第2番、神秘的な香りがする第6番、陽気で快活な第9番と、ショパンのマズルカとは違った個性的な魅力がありました。
続いて、同じくタンスマンの佳作「日光の哀しみ」。1930年代に来日したタンスマンが、日光を訪れた時の印象を音とした作品で、驚いたことに、箏の演奏や響きそのものが、ピアノの音で見事に描写されていました。来日の折りに、宮城道雄(「春の海」の作曲で有名)の箏の演奏を聴いた経験が、実を結んだとのこと。繊細な美しさ、静けさが心に染みます。
そして、ここからはしばらくショパンが続きます。やさしさ、哀しみ、情熱、力強さ……数え切れないほど様々な表情をみせる「3つのマズルカ
Op.50」。ドラマティックな展開の「2つのノクターン
Op.27」は、人の一生を想わせました。
前半最後の曲は、「幻想ポロネーズ
Op.61」。わずかでも過剰な表現には走らない、襟元を正すような整然とした演奏。しかも、芳醇な美しさに満ちていました。
休憩を挟んで最初の曲は、シマノフスキの「2つのマズルカ
Op.62」。しなやかなマズルカは、どこか実験的な、いろいろな要素を組み合わせるパズルのようです。
続いて、吉松隆の「ピアノ・フォリオ」。ギリシャ神話が題材になっているそうですが、たゆまなく変化する美しい作品でした。まるで深い森の中で、木々の葉を濡らす水滴がキラキラと輝いているよう。ピュアなイメージを感じました。
そしてラストは、ショパンの「ピアノ・ソナタ第2番
Op.35『葬送』」。壮大なドラマの中でも澄んだ響きを忘れない第1楽章、歯切れよく整った第2楽章、悲嘆にくれる重厚な葬送行進曲・第3楽章、一陣の風・第4楽章。ベーシックに則った端正な宮下さんの演奏は、作品本来の素晴らしさをダイレクトに伝えてくれるものでした。
大きな拍手の中、迎えたアンコールは、ショパンの前奏曲「雨だれ」。柔らかな雨が、疲れた心と体をやさしく包み込む……。会場は癒しの響きに包まれ、コンサートは終わりを告げました。
(H.A.)
to top > 宮下 朋樹
ピアノリサイタル