2016年、東京でのソロリサイタルに寄せて

マリアンナ・シリニャン

 ピアニストなら誰しも、かけがえのない存在であるピアノの詩人、ショパンとの間に特別な関係を築いているものだと思います。

 初めてピアノに触れ、音を出した時から私とショパンの関係はゆるぎないものでした。私はずっと、ショパンの音楽と共に歩んできましたし、その音楽はもはや私の一部となっています。ピアノ音楽の歴史を眺めてみると、ショパンのマズルカ、ポロネーズ、ノクターン、プレリュード、あるいはソナタやコンチェルトといった楽曲のひとつひとつが真珠のような輝きを放っているのがわかります。

 今回、私の東京でのリサイタルデビューにあたり、プログラムの後半はショパンの曲で構成することにしました。

 まずはバラード第3番。ショパンを学び始めた最初の頃、この曲によって幻想的なショパンの世界への扉が開かれました。弾く度に発見があり、異なる面からのアプローチができる曲です。バラード4曲のうち唯一、長調で締めくくられるこの曲のポジティヴな精神が私はとても好きです。

 曲は1840年から1841年の間に書かれ、ポーリーヌ・ドゥ・ノアイユ嬢に献呈されました。ショパンの親しい友人であった詩人ポール・ブルジェとシューマンによると、この曲はアダム・ミッキエヴィッツの詩「水の精(オンディーヌ)」から着想を得たとされています。一人の少年と美しい水の精との哀しい物語です。作品の核には得も言われぬ魅力と温かみが凝縮されており、また同時にアイロニーも含んでいます。ショパンの評伝を著したフレデリック・ニークによれば「このバラード全体を通して心を強く揺り動かすものがあり、最上級の比類なきエレガンスに満ち満ちて」います。

 次はバラード4番。暗い曲調で、3番とは全く異なる性格と色合いを持っています。私はルービンシュタインの演奏を聴いた時からこの曲の虜になりました。この偉大なる老ピアニストによる知的で温かい音楽に触れたことは私にとっては革命的ともいえる出来事で、しばらく私は、自分自身がこの曲に取り組もうという勇気が出なかったほどです。これまでのピアノ曲の歴史において金字塔ともいえるこの曲を演奏する一回一回が、私にとっては格別な体験となります。

 1842年に書かれたこの曲はロスチャイルド男爵夫人に献呈されました。夫人はショパンに強い影響を与え、彼がパリの上流社会に迎えられるようになるきっかけを作った重要な人物でした。イギリスの名ピアニスト、ジョン・オグドンの言葉を借りれば、「ショパンの全作品の中でもとりわけ強烈なまでに密度の濃いこの曲は、全部で12分足らずの中に人生のあらゆる場面が凝縮されて」います。またアメリカの評論家ジェームス・ハンカーはこの曲について「主題の旋律は、深遠で微細な魂の機微を丁寧になぞっていて、レオナルド・ダ・ヴィンチの名作“モナ・リザ”にも例えられる」と評しました。

 バラードの次に弾くのは子守歌 作品57です。バラード第4番の翌年、1843年に作曲されました。ショパンの全作品の中でも最も円熟の域に達し、技巧的にも優れた一曲に数えられます。この繊細で優美な作品は、当時親交のあった名オペラ歌手ポーリーヌ・ヴィアルドの幼い娘ルイーズから着想を得たとも言われています。ポーランドの音楽学者でありショパンの研究家であるトマスツェウスキはその著書の中で「幼いルイーズを通してショパンは自らの幼い頃の家族との思い出を呼び覚まされたのかもしれない。ショパンの母親が繰り返し歌ってきかせた子守歌“ローラとフィロ”の旋律が遠くこだましているようにも聞こえる」と述べています。

 私がこの曲を弾くようになったのは、長男が生まれてからのことです。自分にとって楽しいと同時に息子に聴かせるのに(というより、息子を眠らせるのに)適した曲を、と本能的に選んだのかもしれませんね。以来この曲は私の大好きな、大切な一曲になりました。

 最後の曲は、ショパンの作品の中でも特に人気の高い「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」です。この作品には2つの版が存在します。今日よく演奏されているのはピアノ独奏版ですが、オリジナルは管弦楽とピアノによる協奏曲 <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2> 版であり、ショパンによるこの形式の楽曲としては最後の作品です。ポロネーズ部分は1830年、ウィーンで作曲されました。ショパンがパリに移る少し前のことです。この壮麗で華やかなポロネーズを書き上げてからしばらく後、1834年になってショパンは、ポロネーズとは性格の異なる、大変美しいノクターン風の序奏部分を付け加えました。イギリスの評論家ジェレミー・ニコラスはト短調で書かれたこの序奏について、「続けて作曲された作品番号27-1、27-2の2曲のノクターンと合わせて、ショパンは三部作のつもりで書いたのではないかとさえ思われる。それほど極めて美しい一品」と書いています。ショパンによるピアノとオーケストラのための作品の中でも、今日でもよく演奏されるレパートリーのひとつで、演奏家と聴衆の両方に大きな喜びを与えてくれます。この序奏で次に来る舞曲(ポロネーズ)を既に予感させます。そして、大ポロネーズ。キラキラと弾けるような音の連なりの中で愛らしさと気品が見事に融け合っています。

 ポーランドのリズムとフランスのエレガンスが共存するこの曲を弾いている時、私はもの狂おしいような、踊りに誘われるような気分になります。弾いていてとても楽しくなって、時には鍵盤を離れて踊り出したくなることさえあります。

 皆さんも楽しんでくださいますように!